最後のチャンス~終の棲家にて

 一家で隣町に移り、新居を構えた。


 思い返せば。。物心ついてより12回目の移住になるが、常に風に吹かれるまま、颯爽と新天地に赴いてきた。

 そこで戴く様々なご縁は研鑽を積むよき機会となるゆえ、自然と勇み足にもなる。


 過去世も含めれば家移りなどは数知れず、転居に伴う準備や物品移送など諸々の作業自体はそれなりに労力がいる。にも関わらず、新たなご縁と進化を楽しみに“ありがとうございます”と慣れ親しんだ風景を後にする。

 過去世より公家(現代の地方公務員)の出からか“家移り”という事態には慣れている。根無し草?的に居住まいが変わることへの不安や抵抗感、名残る想いはほとんどない。


 ただ、今回の家移りだけはこれまでになく、まるで、人生修行の集大成といってもよいほどの研鑽を積む機会を戴いた。


 今の新居に越しておよそ1か月、こうしてようやくPC環境が整ったこと自体もこれまでにない事態ではあるが、おかげさまで、この文明の利器に依る間なく、家具の組み立てや配置、カーテンを縫ったり、要所要所にブラインドや照明器具を取り付け、切った木材で吊り棚を補強し物掛けや手すりなどを設置したりと工具片手にDIYに明け暮れている。


 以前より家事もそこそこ、家の内外のメンテナンスなどはほとんど人任せにきたが、そうは問屋が卸さなくなり、大概、「セルフ」で物事を進めてゆく体制に揉まれている現状もこれまでとは明らかに違い、加速度的に進化が促されてゆくのを全身全霊で感じていた。


 事の発端は去年の暮れ、古希を迎えた母が長年の過剰気味な仕事による疲労で腰を痛めて思うように動けなくなり、居住環境改善のために住み替えようと云いだした。此度の転居作業でこれまでのように動けぬ身体では相当な不憫な想いをし「もう引っ越しは重荷」と、体力的にも若い私に頼るほかない状況になった。

 後期高齢者となった父、そして母より“ここが私たち(親)の最終地”との想いを受けてより、日夜、考える間なく奮起し、立ち回っている。


 車を駆りながら、ホームセンター、役所、銀行、浴場などなど、、ご要望のままに方々に出向きながら“まるで便利屋さんみたい”と笑う。若い頃の運転好きが功を奏し、車も大いに助太刀してくれている。運転もさることながら、要望に応じて自発的に動ける体力を養っておかなくちゃ。と改めて心する。


 何よりも、実にありがたいことに両親の想いを汲み取るようにこの“終の棲家”を整えるべく“こうしたらいい”、“ああしたらいい”とのアイデアが泉のように次々に湧き、その実用案(というより“想い”)のままに一つひとつ、着実に心を入れて取り掛かる。


 今日もまた一つ、片が付いた。俄か便利屋なりの仕事ゆえかそれなりの時間は掛かり、根気も要る。焦り仕事はろくなことしかねず、逆にじっくり取り組み過ぎて時間を忘れて夜更けになることも。

 それでも回を重ねるたびに僅かだが要領を得、少しはマシな仕事になるのも面白く、仕上がって「ま、こんなところ。私にしては上出来」と気張らず、取り掛りも楽になってきた。


 親への甘えもありエゴも大ありでその分、自らの鍛え上げは必要と感じる。


 家事も半強制的な義務感?からでは面白味を感じないばかりか、発展性や創造性も乏しくなる。「ただこなしてきた」といった感じが今では逆に、洗い物ひとつ、釘打ちひとつとっても自発的に、軽快に楽しくやりこなせる分、身に付くのも早いかもしれない。と思う。


 日を追うごとに真っ新な空間が整えられてゆくのを日夜、目を細め“よしよし”と客観的に観察し、創造する楽しみに笑みが浮かぶ。それはまるで。。

 白いパレットの上に様々な色(アイデア:想い)が絞られ、交じり合って新たなものが生まれ。。丁度、味も素っ気も何にも無かったところに“味わい(人間味?笑)”が醸し出されてゆくように。


 こうしている間にも徐々に荷解きは進められ、段ボール箱がはけて開かれた空間に、組み立てたテーブルに寄り合い「今日はこことここを完成させられたネ」などとなまなかままならない作業を互いに労いつつ、おかしな冗談交じえた一家の団らんは、父母にとっても私にとってもよい息抜きになり、皆で囲む少々不格好な食卓は小さなオアシスになってくれている。


 近隣にご挨拶に伺った際に「越して来てくれて本当によかった。ありがとう」とご近所さんから熱烈な歓迎を受けた母、柔和な父には早々に「囲碁(趣味)の会にぜひ」との積極的なお誘いの声が掛かる。

 共に重ねた歳月は浅くとも“おしどり夫婦”のような父母が、朝に晩に散歩に連れ添い歩くその姿は、夫婦の鏡のように映るらしく、ちょっとした評判を呼んでいる。


 キッカケはどうあれ、この新天地へ招かれたのもお仕組み“役目を成してゆきなさい”と背中を押してくださるからには、家族にとっても地域の方々にとっても日常的に、充足感や幸福感に満たされた安住の地となりますよう、

 此度の転居に伴う様々な気苦労も含めこれまでの数々の労を労うべく、お二人が心身共に終の棲家にて安らかで快適に過ごせますよう、叶う限りの親孝行と天国社会に務めます。


 私に家族を与え、子として娘としてここに親孝行への尽力の機会を設け

 その役目や役割を授けて、至らぬを鍛え育ててくださり

 真にありがとうございます。


 愛しています






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